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zoom RSS 242.前回記事で触れた担当分の医学科授業の後で、病院の喫茶室で、世話人の解剖学教授とランチかたがた

<<   作成日時 : 2016/06/18 18:17   >>

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前回記事で触れた担当分の医学科授業の後で、病院の喫茶室で、世話人の解剖学教授とランチかたがた雑談を交わした。

授業中に言及した「解剖絵巻」の精緻な描写が、近世日本美術史の専門家たちが評価する水準の出来であることなどを話題にしながら、実は、この精緻さは「解剖絵巻」が本来持つべき性格から見ると、見当違いなものであったのではないか、というような感想を覚えたことなどを(「素人の浅ましさ」ではあるが)述べた。「解体新書」などにあるように、「腑分け」によって人体の解剖学的な知識においてオランダ医学の正確さは、当時の蘭方医たちに強く印象付けられるものであった。しかし、この時代の日本の社会の構造もあって、実際に「腑分け」の作業をする者、観察しながら結果の図絵を描く者は、「腑分け」に立ち会っていた蘭方医とは違う人たちであった。とは言え、絵巻としての作成過程では、「腑分け」に立ち会った蘭方医の関与は深かったであろうから、絵巻の出来は当時の蘭方医の一般的な思想を反映したものに違いない。だが、わたくしが「見当違いな方向だったのでは」というのは、当時のオランダ医学の方向性が今日の近代医学のものとは違うと言っているのではなく、絵巻における力点の入れ方として迫真性は本当に正しいものであったかということである。

この時代は、浮世絵でも精緻な版が作られており、伊能忠敬の日本地図のように、精度の高さはもちろん、費やされた労苦の程度も今日では到底再現できまいというもので、溢れている感がある。工芸方面も例外ではなく、和時計やからくり人形など、先人たちの知力、能力、技術力の高さに陶酔感を覚えない方がどうかしているだろう ― われわれの現状と引き比べるべきかは議論の余地はあるが。

これら先人の業績のうち、伊能図にせよ、和時計、からくり人形にせよ、基本的には、個別の作品が完結した世界をなしているようである。少なくとも、何かを理解し、適切な体系内に収めて整理しようという意識は強くなかったのではないかと思われる。伊能図には、日本国土に関する基礎資料として、国防など対外政策を含めた円滑な統治に資するためという面もあったであろうが、伝えられる実測の動機から察すると、それは結果であったようである。むしろ、幕府の要路に、この時代、すでに国際情勢に見識のある人間が少なからず存在したらしいということはわかる。なお、解剖絵巻にせよ、伊能図にせよ、モデルとなる発想が蘭学由来であったことは注意しておかなければならない。

解剖絵巻の迫真性のどこに問題があるのかというと、正規形、標準形というべきものへの参照が希薄であることである。個々の解剖事例について詳細な絵巻を作ることは無意味ではないが、標準形を欠いていては個体特有の変異なのか一般的な事例なのか判断は難しかろう。オランダ医書の解剖図の追認という性格はあったのであろうが、そうだとすると、暗黙の正規形はオランダ医書が提案しているものということになる。しかし、日本人を対象とする医師の場合、それでよいのか、という疑念があってしかるべきではなかったか。遺体の状況に依存する解剖図の迫真性を求めることが、医療の基礎としての人体図の表現として、最善であったか、ということである。解剖絵巻を例に挙げたのは、たまたまであって、解剖絵巻の場合に、解剖図における人体の正規形、あるいは、標準形への意識が希薄であったかもしれないという事情には斟酌すべき余地がないわけではない。

ただ、一般的に言って、われわれが同種として括った事柄について、さらに、立ち入った議論をするためには、対象となる事柄の事例のどれかを典型、つまり、正規形あるいは標準形として、選び出した上で、その他の事例の扱いを標準形からの差異の確認という風に整理することが、極めて有効、むしろ、本質的であろう。この標準形なるものは、対象となる事例の統計量として意味のあるものでなければならないか、というと、どうもそういうものではないらしく、任意に選んでもよいようだし、そのようなものを思いつかないという場合もあるけれど、標準形の有無や適切性が、議論の質を左右してしまうことは疑いがない。して見ると、大事なことは、ある程度の大括りがされた事柄について論ずるにあたり、まず、正規形あるいは標準形の特定がなされるべきであり、しかし、それによって有効な議論の限界も決まるので、その限界が気に食わなければ、標準形の変更を試みることになる。標準形が明示的に意識されなくても、そのようなものの追求の過程の有無が議論の質に反映することは間違いはなさそうである。ただし、類型という言葉があるが、類型は対象事例をまとめあげる際の分類用語ではあるが、対象事例の参照基準としては役立たない。残念なことと言うべきだろうが、日本人の伝統的な意識では、正規形あるいは標準形の追求は強くはないようである。

余り抽象的なことを言っても仕方がないが、先日、勤務先の同窓会誌に向けて、赴任して以来、ここまでに覚えた感慨を、まあ、まとめたものを寄稿した。その際、勤務先の沿革ともいうべきものを、いくつかの節目に分けて記した。それらは、勤務先の大きな出来事を羅列しただけのもののはずであったが、並べてみると、それなりに日本社会の変転と並行しており、計算づくでの勤務先の変化というよりも、結果的に、そうなっていたということであろう。この沿革を念頭にすると、敗戦後の「進学校」の「正規形」を探る上で、

       (1)敗戦後の混乱期(〜1960)
       (2)高度成長期(〜1980)
       (3)バブル崩壊期(〜2000)
       (4)日本社会の再構築期(〜2020)
   
において個々の学校の対応次第を見てみるのがよいように思われた。

このうち、(1)は、戦前からの公立校にとっては小学区制の導入などで苦しい時期であった。ここで、旧制の普通科中学並みの生徒と教員の質が確保できたことが「進学校」の第一歩であったろう。(2)は、高校進学率が急速に高まっていく時期であり、この時期に、大学進学を意識しつつ、かつ、進学先の大学を旧帝大クラスに絞り込むことができたことが第二歩である。公立高校は別として、私立の「進学校」は、中高一貫校が標準となった時期でもあったと言えるであろう。そして、授業進度を早め、高校最終学年を受験準備に充てることができたことも、私立中高一貫校には有利に働いた。

実際には、学校ごとに、対応についてのタイムラグがあり、勤務先の場合は、「正規形」から5年から10年の遅れがあったと思われる。「正規形」と言っても、参照上の仮想的なものであり、いずこも似たり寄ったりのはずではある。特に、上掲では、(2)の終期を1980年としているが、この年に中学に入学した生徒は、順調に行って、1986年大学入学、90年に同卒業で、バブル崩壊と直面したはずである。一般的に、「進学校」出身者はバブル崩壊の影響を直ちに受けるような状況ではなかったとしても、「進学校」の「正規形」が、1980年ごろに変化していなければならなかったことは、後知恵ではあるが、今となっては痛切にわかるのである。ただし、現実に起きたことは真逆であって、塾の隆盛や私立高の進学校化はこの時期に加速した。なお、(1)(2)の期間は、学校の立地による影響は、まだ、余り強くなかったとも言える。実際、わたくしが以前の勤務先に異動したのは1985年6月であり、翌年から数年間担当した「機械系学科」や「電気系学科」には素晴らしく優秀な学生がいた。

かれらは、1984年前後の入学であったと思うが、この辺が「高度成長期型対応」の「進学校」(おそらく公立)の最後のころではなかったか。ジャパン・アズ・ナンバー・ワンなどと持て囃されていい気になっていた時期ではあるが、日本の斜陽について警鐘を鳴らす(有力な)人々も既に相当数現れてはいたように記憶している。とにかく、1980年代の後半、意味の明らかではない投資が続いていたことは記憶しているが、それが「バブル」であり、当然のように崩壊するとは、まあ、気づかなかった、と言うべきだろう(これは、日本を仕切っていた「集団」(以下、「例の」”連中”という。)の問題なので、何と言ったらいいのだろうか、ここでも「例の」”連中”の煽りがあり、しかも、「被害」は、当座でさえ、既に地方に集中して現れていたことを思うと、「例の」”連中”の「劣化」を問題にしたいが、この”連中”の主要供給元は(現勤務先以外の ― 免責を求めているわけではない、むしろ、現勤務先の問題点でもあるので ― )「進学校」と考えると、腰が引けると言うか、何と言うか ・・・)。と言うわけで、切りがない。”連中”に勤務先の卒業生がいれば、それなりに文句を耳打ちできるはずであるが、それができないところは、勤務先固有の事情である。

実は、問題は(3)(4)期の「正規形」であって、もはや、存在しないのかもしれない。ざっと見まわしてみても、立地による影響が強く現れ、公私立を問わず、地方では模索が続く。地方進学校の場合、進学先で医学部医学科が占める割合が、例えば、毎年の卒業生の1割以上ということを「地方型」の「正規形」の条件として認めるべきかもしれない。勤務先の場合など、はるかに高い割合なのだが、特定の職業教育に直結することは、普通科教育の進学校の在り方としては疑念があり、医学科1割でも特記するとなると高すぎるかもしれない(勤務先の場合は、創設以来、確実に、毎年、2割を超えていたし、今は、もっと高い)。(3)において、医学科進学率が高まったことにはいくつか理由があるが、(2)において嵩上げされた「進学学力」に見合った進学先として、バブル崩壊後も「残っていたのは」医学科であったということはできるかもしれない。しかし、「正規形」としては、進学先の多様性が程よく満たされているということは基本だろう。

して見ると、(3)については(2)の惰性上にあって、固有の「正規形」らしきものはないまま推移し、今日に、つまり、(4)に至っている。(4)も「正規形」らしきものはなく、日本社会が直面している種々の課題をそこそこに反映させつつ、模索の最中であると言えるかもしれない。したがって、もはや、「進学校」を統一して理解するための「正規形」はないのだろう。

考えてみれば、文部科学省の「中央教育審議会」答申や、それに基づく「指導要領」が、文部科学省なりの「正規形」の提案になっているはずであるが、どうも行政的な規範性の方が強く表に出ていて、「正規形」に期待されるような参照基準としては機能していないようである。また、審議の形態も、実質は、文部科学省側の提案を追認する儀式であるとしても、「正規形」の提案を目指すというようなものではないようである。奇妙な表現をしたが、「正規形」「標準形」という意識は、文部科学省の方には強くあるのではないかという感はある。文部科学官僚はよく勉強しているのである。だが、「正規形」は人為的に得られるものかどうか、これは深刻な問題ではある。のみならず、「正規形」を求めることの意義を正しく捉えるためには、中央教育審議会など行政の視点ではなく、常設委員会を経由する国会という立法の場を通すべきではないか、と思う。「正統性」の付与の水準が違うからである。

ともかく事情は何であれ、「進学校」の「正規形」については現状では五里霧中ではある。だが、(1)〜(4)式の、ある種の醒めた見方で、身近な対象を眺めてみると、それなりの「発見」が続くということは明らかではないだろうか。

ところで、今頃になって言うのもどうかとは思うが、「正規形」の効用を意識したのは、「解剖絵巻」でも「進学校」でもなかった。熱(!)だったのである(140回記事など参照)。

フーリエの熱伝導の方程式の導出において印象的なところが、まさに「正規形」的な考え方であった。2点の間での熱の差は各点の温度の差と2点の距離の比(「温度勾配」という)に比例するという観察に、少しだけ議論を飛躍させて、「正規形」として、距離が1、温度差1の場合を想定すると、これで、「比例定数」が得られる。つまり、「正規形」は現象の特徴を表す量に直結しているのである。かくて、これが、そのまま、数式として意味のある表現(フーリエの法則)になってしまうわけである。ここで、さらに、熱の時間経過による量的な変化を加味した無限小解析的な考察を加えると、熱伝導の方程式が自然に(どうあっても)得られてしまう。議論の構造は、非常に簡単であって、第一に、ことばが正確に用いられていること、第二に、「正規形」への参照が重要なのである。

もし、昨今の日本のように、「わかりにくい」とか「術語」だからと称して、「易しい」表現、例えば、今のばあいなら「比例する」を「関係する」などと曖昧な表現に取り替えると、議論は全く先に進まなくなってしまう。わからないことは学んでもらえばよいので、その機会を勝手な忖度によって奪ってしまうのは、大間違いなのであるが、ここに、大学の大衆化以来顕在化した高校、特に、進学校を中心とした”効率主眼”の「文理分け」という「おためごかし」による精神の劣化の影響があるのではないだろうか。考えるまでもなく明らかなことだが、「正確な表現」に抵抗感のある人が「易しい表現」によって得るものはほとんどないだろうが(つまり、このような「迎合」は無駄だろうが)、一方、現象をできる限り正しく理解しようとする人からは確実にその機会を奪うことになるので、もともと「易しい表現」には意味がないのである。

付記(10月16日):冒頭の「解剖絵巻」の精緻性に関連してのことであるが、二三日前に、ICT教育関連で、キャリヤーとメディアの業者が勤務先に営業に来た。その際、タブレットの使用が教育効果を上げるという話があったが、損得を判断するために重要なデータの提示やそのようなものへのアクセスの説明があったわけではない [タブレット類はすぐに陳腐化するので、(セキュリティもさることながら)一般教育の場の基本要素としては本質的な困難を抱えているのだが、それと時代の技術的な要請との衝突をどうするのか、というのが課題である。税金を投入すればよい、というものでもない。まして、その結果が単なる資金の海外移転でしかないとしたら、猶更であろうが、何かしなければ、ますます内外の差は開く・・・と、まあ、浮足立って、虻蜂取らずになってしまう・・・]。
ところで、先日、電車内で卒業生の医学生に遭った。タブレットに詳細な動画像を収めて学習中であったが、「解剖絵巻」同様の問題があるというのはここである。つまり、教育における「事例」は、「標準例」でなければならず、個別例についての症例報告とは違うのである。

とすると、医学教育における臓器類の動画像が、標準例であるということをどう担保しているかの説明が要るだろう。何というか、画像情報における「イデア」の構築の問題、あるいは、プラトン的な哲学化の問題、として論じてもいいことかも知れない。言うまでもなく、ここは「統計」と「AI」の出番ではある。

営業に付き合いながら、上掲のタブレットのハード的な難点の他に、タブレット教材の持ちうるソフト的な難点を「解剖絵巻」を思い起こしながら、漠然と考えていた。

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