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zoom RSS 244.最近、目にした書物のうち、 吉永正彦:周期と実数の0‐認識問題 Kontsevich-Za

<<   作成日時 : 2016/07/15 09:41   >>

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最近、目にした書物のうち、

       吉永正彦:周期と実数の0‐認識問題 Kontsevich-Zagier の予想
              数学書房 2016
              ISBN 978-4-903342-42-9

は、数学の(まあ)専門書(の体裁をしているの)であるが、専門書と言うことに留まらずに、非常によい本である。少なくとも、著者の吉永氏が問題としていることには、(一般の人を含めて)誰もが関心を持ち、その意義を理解しようとすべきだろうとは思う。

それなら、お前はその解説ぐらいしたらどうだ、と言うことになるのだろうが、実際、吉永氏とは若干異なる視点からではあるが、解説は試みなければならないと思ってはいる。ただし、卑怯なようだが、肝心のわたくしの地歩がまだ完成していない。鋭意準備中であると言いたいところだが、気持ちだけで終わってしまうかもしれない。なお、上掲書物の文献表に、Smale らの Complexity and real computation があってもよいと思ったのだが。また、扱われている話題だけでなく、テーマとの関連では、他にも目配りがあってもよかったような話題もあったのではないだろうか。ともかく、そう遠くない将来に、わたくしなりの解説を加えられたらと思っている。

一方、現勤務先の営業活動、つまり、学校説明会の開催準備の関係もあって、熊本震災の緊急支援活動のネット記事などを閲覧していて、

       國井修:国家救援医 私は破綻国家の医師になった
            角川書店 2012
            ISBN 978-4-04-110076-9

を知った。早速、手配し、目を通してみたが、一言で言えば、凄い人がいるものである、との感服で尽きてしまう。少し落ち着いてみると、いろいろな想いが改めて浮かぶが、わたくしの以前の記事との対応で不明を恥じるしかないところもある(例えば、235回記事での過疎地診療の問題。なお、217回記事参照)。

著者は、本書添付の紹介では、最近のご様子まではわからないので、ネット検索をしたところ、

       JSAG国際機関日本人職員会(JSAG) JSAG國井修会長による講演会 8/31

が見つかった。内容は本書と重複するところも多いが、経歴は、直近のものまで含んでいて、実際、2年前から世界エイズ・結核・マラリア対策基金(通称 グローバルファンド) 戦略・投資・効果局長を務めておられる。上掲書を眺めながら、経歴に関する情報が必要になったのは、紹介されている活動が、その折々の所属と深い関わりがあるからである。実際、救援活動の報告書も出版されているはずで、むしろ編集の問題なのだろうが、報告書を注の形で挙げておくべきではなかったか、と思われる。

著者が医師を志した理由も一応書かれている。母上が看護師であったこと、世話になった老婦人の死のことなど、生と死を巡る壮絶な経験を幼いころから経験されてきたようであるが、父上からの影響があったかどうかは全く触れられていない(元記事の掲載誌が看護師向けだったからかも知れない)。アルベール・シュヴェゼールやダヴィッド・リヴィングストン、マザー・テレサに少年時代に強く感化されたとあり、キリスト教に入信している。

1988年自治医大卒。自治医大という選択は大変賢いもので、義務は伴うが学費貸与があるので、いわば、学資相当を自分の将来の活動のために「投資」でき、実際、学生時代から積極的に、インドなどに渡り、また、NGOの医学生組織を立ち上げたりしている。 IQ が低いということを強調されてもいるが、賢さというか、知恵の深さは印象的である。

自治医の義務ではあるが、栃木県奥日光の山間僻地での診療経験が、後年の国際的な救援活動にも役立ったようである。しかし、一般の医師の場合のように、医師としてのキャリヤ・パスの設計が基本的に国内に留まることにあるとすると、著者が僻地診療にあたった1990年代とこれから医学科に進み、医師としての第一歩を地域医療から始めようとする少年少女が担当する2020年代とは30年の開きがあることでもあり、著者の経験は一般化すべきではないだろう(なお、233回記事参照)。一般の医師の卵は診療技術の習得や向上、診療経験の蓄積を目指すべきであろうが、著者のようなキャリヤーを望む人は総合的な人間力の鍛錬を心がけるべきで、実際、(前後がある記事ではあるが)

       [そんな中で]私がなすべきことは、この救える病気を予防・治療する体制を作ること。
       とはいっても、医者として患者を診るのではない。自分が医者として、救える子どもの
       数は限られている。一日100人の患者を見ても、年間で治療できるのは三万人程度。
       しかし、この国には五歳未満の子どもだけでも700万人もいるのである。[…]
       日本の医者が途上国に行ってできることなど、限られているのだ。(p.208)

とある。ちなみに、一日100人というのは24時間を間断なく患者を見て一人あたり14分24秒ということになる。3万人という数字は、診療日数が300日ということを指すとすれば、年間の実働日数の割合は、82%強。一日の実働時間も8割程度の19時間としたいところだが、これは無理で、長続きするかどうかは別としても、12時間くらいが上限だろう。とすると、一人当たり7分12秒となるが、患者の交替や簡単な措置に割くべき時間を考慮に入れると、3分から4分がいいところだろう。現地の症例に詳しい現地の医師でも難しいところだろうが、国際的な援助で赴任している医師の場合なら通訳が必要になることもあるだろうから、どう頑張っても一日に見られる患者は数十人、概ね30人くらいが限界ではないだろうか。

したがって、国際協力に限らないが、しかし、この場合は特に、社会における医療の構造の全景をよく理解し、個々の現場の医療もさることながら、保健衛生から医療体制に至る社会的整備の糸口をつけることが基本になるわけである。もちろん簡単ではない。上で引用した箇所は、ユニセフからミャンマーに派遣されていたときのことである(なお、この辺りについては、239回記事も参照)。

ご経歴にあるように、学生時代にインドでアユール・ヴェーダを学び、また、在米経験もあり、幾多の(敢えて言えば)ドラマティックな経験も積まれ、さらに、長崎大熱帯医学研究所にも短い期間ながら在職し、ユニセフ(国連児童基金)に移られてから、まあ、落ち着かれたようである。現職もその延長上にある。

217回記事で、熱帯医学研究所からケニアに派遣された医師を巡る小説を論じたが、本書には、著者國井氏の、やや立場は違うものの、ユニセフからのソマリア派遣時の経験が詳細に述べられている。何というか、いろいろなことが悪い方向で絡まり合っていて解きほぐす糸口を見つけたつもりでもそれが新たな絡まりを作るようで、非常に難しい。そして、確実に人が死んでいく。ほんのわずかの力を注ぐだけで、死が頻出する事態は防げるはずなのに、そのほんのわずかのはずのことがなかなか機能しない。こういう状況下で仕事を続けていけるということには、いかに強靭な精神力・体力・知力を養ってきたかということの証左であろう。

そして、著者は、「あとがき」で、もし、自治医の義務としての僻地医療・地域医療の10年間がなかったらとして有り得たかもしれない別のキャリア・パスに触れておられるが、それは日々診療に明け暮れている並みの医師に比べて世間(世界)的な評価が高いかもしれないと言うだけのつまらないもののように、わたくしには見える。ずいぶん昔に、後にWHOの幹部になる、在外の日本人医師に遭遇したことがあり、今でもそうかもしれないが、一旦、海外の社会に溶け込んで日常的な活動に勤しむと、家族もでき、なかなか日本社会への復帰とはいかない複雑な心境を伺ったことも思い出す。

以下に目次を記す:

       まえがき 二〇一一年三月一一日
        序章  世界最悪の破綻国家、ソマリアで国をつくる
       第一章 国に跳ね返された若き日 ― 日本の僻地とソマリア
       第二章 激烈な生と死が駆け巡るアジア
       第三章 鎮魂の鐘が鳴り続けた西アジア・中近東
       第四章 徹底した格差のアメリカ大陸
       第五章 動乱と騒擾のアフリカ
       第六章 ミャンマー軍事政権の下で国づくり
       終章   ソマリアの症状は必ず快方に向かう
       あとがき
     


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