ナイーヴな数学者のブログ

アクセスカウンタ

zoom RSS 248.現在の職務の在任期間は半年を切った。引継ぎやら何やらを兼ねて在任中の整理を始めたら

<<   作成日時 : 2016/10/25 14:08   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

現在の職務の在任期間は半年を切った。引継ぎやら何やらを兼ねて在任中の整理を始めたら、結構、時間を食ってしまい、ルーティンで果たしてきたことのいくつかも手抜きに近い状況にある。その上に、非ルーティン的なことで職務上の判断が要求されることがいくつか起きてしまうと、後任者に影響が及ばないように、あるいは、後任者にも関わりが生じそうなことであれば、後任者が混乱しないように、わたくしとしては努めておかなければならないことになる。実際には、そうそう選択肢のあることでもないのだから、後任者が淡々として、そんなものかと思うことができることが大事であって、組織としての現勤務先が、まあ、時代の変化を、ある程度とは言え、先取りして行けそうだということが期待できれば、わたくしの役割は、一応、無事に終わることになる。

ともかく、在任中に発した各種の式辞類は、すべて原稿を作ってきたから、ファイルは残っている。この件については、どこかで書いたような気もするが、この式辞なるものについては悩む人も多いと見えて、大手の書店の教育書コーナーには入学式や卒業式の式辞の雛型集と称するものが何冊か並んでいる。何年か前に、偶然見かけて手に取ってみたが、版を重ねているものもあったから、それなりに売れているのだろう。わたくしの式辞類は、形式を踏んでおらず、雛型とはかけ離れているが、それは雛型集の存在を知らなかったこともあるが、式辞類をメッセージ発信の極めて重要な機会と考えてきたこともある。

実際、式辞類も重要な自己実現の機会と考えるならば、まず、内容がなければならないし、そして、内容があれば、聴衆というか、相手があることだから、おのずと形は決まってしまう。ただし、式辞は、式典の性格もあって、内容の選択の自由度は高いとは言えないが、それでも相手にものを考えさせるように構成できるはずである。そう思いつつ、過去の式辞類を見直してみると、出来不出来があり、二年連続似たような構成の(ということは、半ばコピペ状態の)ものさえある。幸い、多くはないが、考えてみれば、相手もそう変わり映えするわけでもないし、そのときどきで、変えようというのが無理なのかもしれない(が、さすがに連続して同じ内容というのは不適切ではある)。しかし、それでも記録性は守るべきことだから、そういうものも含めて、式辞類を時系列に並べた大きなファイルを作った。次期の校長は、本屋の店頭のマニュアル類の水準の話をすることはないとは思うが、それでも、こういうファイルを渡して置けば、ここまで形式を踏み外してもよいのかと、少しは参考になるだろうと思っている。

こういうファイルだけでは、(つまり、式辞の水準では)表現できないこともあるので、わたくしの想いを、いわば解題として文書化することを始めてみたが、これは結構大変な作業で、しかも、勤務先の学校史を世界史の文脈で書いてみよう(!)などという無謀な(後から思うと、いかにも「イエズス会」的な)試みを思いついたものだから、それこそブログ記事などに手は回らず、また、本に目を通すことも難しいことになる。

通勤の電車があるじゃないかって?寄る年波で居眠りしている方が多い。それに持ち歩ける本となると、サイズに限界がある。上に触れたように、勤務先の学校史を世界史の文脈でなどという荒唐無稽な試みを思いついたのは、ヴォルテールの「ミクロメガス」に、「イエズス会」系の学校の宇宙的展開に触れた箇所があったことの記憶に拠るが、昨今、記憶違いも頻繁なので、確認のために邦訳を探したら、岩波文庫に

       ヴォルテール: カンディード 岩波文庫
                 岩波書店 2005‐2016 (植田祐次訳)
                 ISBN4-00−325181−4

が見つかって、実際、この中に、ミクロメガスは収められていて、これなら持ち歩けるわけである。ただし、ミクロメガスについては、携帯性は別として、最初に読んだ

       Andrew Simoson: Voltaire's Riddle\ Microm\'egas and the Measure of All Things.
                    MAA. 2010

所収(第1章)の Annoted Micromegas とは、図版がないだけではなく、歴史的あるいは学術的背景の注釈や解説においても及ばないというべきだろう。何せ、後者は、ミクロメガスをもとに一冊のハードカヴァーの本を構成してしまうのだから。

しかし、ここ一箇月余りは、上に述べたわが身の後始末に関わることの他に、元生徒(というのは在米中なので)の大学進学のための references の一人として、推薦状の準備と執筆に、まあ、多大の時間を取られた。英文ということもあるが、もちろん、いきなり英語で書き始めてしまうのが楽ではあるのだが、リズムにふさわしい単語が出て来ないこともあるし、念のために語義に当ると不都合だったりする。それに、言うまでもなく、被推薦者についての記憶からアピール度の強そうなエピソードを選び出さねばならず、そうなると、先方の様子が大よそ貝当が付かないとまずい。万全のものができたとは思われないものの、まあ、それなりの代物にはなったのではないか。ともかく、推薦状を送付し終えて、余裕が戻ってきた。

実は、この作業中も何冊か目を通した本はあるが、到底、記事を書いている時間はなかった。今までの経験では、本の題名だけでも記録しておかないと、すべてがぼんやりとした記憶の彼方に消えてしまう。そこで、一応、持ち歩いたり、目を通した本を挙げておこう。時間的な順序はばらばらである。

まず、

       鈴木孝夫:日本の感性が世界を変える
              言語生態学的文明論
              新潮社 (新潮選書)2014
              ISBN978-4-10-603756

次に、

       宮脇淳子:日本人が教えたい新しい世界史
              徳間書店 2016
              ISBN978-4-19-864173-3

       Noam Chomsky: Who Rules the World ?
                 Metropolitan Books, Henry Holt and Company 2016

そして、

       稲垣良典: カトリック入門 ― 日本文化からのアプローチ
               ちくま新書 2016
               ISBN978-4-480-06914-6

その他、若干の軽い読み物、例えば、

       青崎有吾:アンデッドガール・マーダーファルス2
              講談社タイガ 2016

とか。

このうち、宮脇氏の本は、

       岡田英弘:岡田英弘著作集 第1巻〜第8巻
              藤原書店 2013〜2016

の解説、特に、第1巻の、というので、まあ、便利と思って手に取った次第。岡田先生の著作集は、全巻購入して、結局、余り目を通すことができないまま、勤務先の図書館に寄贈してしまった。

Chomsky氏のものは、確か、丸の内の丸善で購入したので、一箇月になる。あまり丁寧に読んではいないが、大統領選挙の年であることも関係があるのかもしれないが、以前、2008年、まだ、各党の選挙運動期間中、つまり、オバマ氏がまだ候補になる前だったのだろうが、その頃に出版された James K. Galbraith の本を論じたことがあるが(62回記事)、Galbraith が問題視したことが、さらに、先鋭的に Chomsky によって抉り出されているというべきか。

鈴木、稲垣の両先生の本は、それぞれ、別に改めて論じたい。特に、稲垣先生の本は、大変重要だと考える。もっとも、246回記事で一瞬触れた「講談社選書メチエ」所収のトマス・アキナス「神学大全」は引用されていない。

なお、アンデッドガール・マーダーファルスであるが、1 の方が、その--、出来がよい。2 は、登場人物群が拡散しすぎた感がある。さて、3 は?

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
248.現在の職務の在任期間は半年を切った。引継ぎやら何やらを兼ねて在任中の整理を始めたら ナイーヴな数学者のブログ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる