ナイーヴな数学者のブログ

アクセスカウンタ

zoom RSS 258.4月最後の週末(土曜日)、認知症の発症というべきか、学園祭の第一目と思い込み、

<<   作成日時 : 2017/05/02 13:20   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

4月最後の週末(土曜日)、認知症の発症というべきか、学園祭の第一目と思い込み、生徒との約束を果たすべく、前勤務校に行ってみたところ、実は、翌日であった。いずれにせよ、若い人との約束だけは絶対に履行すべきものと考えているから、明日出直さなければならない。もともと、学園祭の方は早めに切り上げて、久留米市美術館で開催中の「川端康成 美と文学の森」を観に行くつもりだったから、全くの無駄足と言うわけではなかった。

石橋美術館が久留米市美術館に衣替えする前から、展覧会開催時には開会式への招待状が届いていて、今回も例外ではなかったが、開会式の当日は悪天候でもあり、失礼した。開会式招待状の封筒を見せての入場の折に、退任した後になった釈明をしたが、開会式への招待かどうかは別として、今後も案内状は送っていただけるような話であった。

結論から先に言えば、この展覧会は非常に面白かった。川端康成のコレクションが非常に優れたものであることは耳にしたことがあって、実際、そのことを目の当たりにしたわけである。やはりというか、さすがというか、凄い人だと改めて感じた。わたくしごときが言うことではないが、趣味もよく、品がある。

後で反芻してみて、いくつか見落としたところがあることに気が付いた。例えば、ノーベル賞のメダルと賞状が展示されていたが、鏡が置いてあってメダルの裏面が見えるようになっていたが、その淵の文字の鏡像に気を取られ、それが確かに、

       INVENTAS VITAM JUVAT EXCOLUISSE PER ARTES

であることを読み取ろうと苦心して、ある意味で肝心なメダル裏面の図案の印象が残っていないのである(206回記事参照。ただし、これらの文字は、メダルの母型に刻まれているようであった)。また、並べて置いてあった賞状の言語が何語であったか、つまり、ラテン語だったかスウェーデン語だったか、それを確かめようとはせずに、スウェーデン語だろうとの勝手な思い込みで、いわばスキップしてしまったが、よくないことであった。

この展覧会の優れたところは、展示作品に(原則として)川端康成本人の意見が明示的に述べられていることである。これが素晴らしくよい。収集品と収集家の織り成すハーモニーが見事であると言ってもよいかもしれない。美術品というのは、効用という意味では評価が難しく、純粋に鑑賞のためだけに集めたいとはなかなか思えないような気がして、先立つものの有無とは独立に、手の出しにくいもののように思っていた。川端康成の美術品収集の経緯や経過を見ると、実際、きっかけと言うか巡り合わせと言うか、そういうものがあって、それは、画家の友人との出会いというようなものだったようである。苦しい家計で、などと説明にあると、絵の方が川端康成についてきた、というべきだったのか。

ともかく、恐ろしい展覧会と言うべきであって、もし、わたくしが若ければ、おのれの感性を研ぎ澄ませつつではあるが(つまり、ここがもう絶望的に不可能なので)、美術品の収集を始めてみようかと思ったであろうと考えてもおかしくないものであった。

さて、翌30日はどうしようかと思ったが、結局、学園祭を覗きに行き、学園祭のパンフレットと(図書委員会の)「讀者の言」を貰って来た。後者には、校長退任に伴っての、それまでは口にはして来なかった幼時の思い出が巻頭に収めてある。原稿の段階で、簡単なミス ouvrages de votre cousin の de が do になっていることを図書委員長から指摘されて訂正した記憶があるが、これとは違う変換ミスが残っていたことに気づいた(「昇平」とあるべきところが「昌平」となっていた)。これは、AIとは言わないが、AIと人間の接点で起こりうる「変換ミス」に人間が気づかないことはあり得て、その結果がとんでもないところに現れることもあろうーこのような事態をどう考えるか。

さて、学園祭の方は、ざっと眺め、早々に失礼した。その後、九州国立博物館に回り、開催中の「仏の国の輝きータイ」(特別展)を観たが、上座仏教の特徴なのか、仏陀像が降魔印を結んだものであることが印象に残った。また、余計な感想だが、法輪から、車輪を伴う運送手段が、この土地で重要だったのかどうかが気になった ー 象と水運とはわかる。そして、現在のタイ王国の繁栄の礎が、水運と通商であったこともわかる。しかし、タイ族がモン族と交代した過程でのタイ族の優位性は何から来たのだろう。

なお、地獄絵巻のようなものもあったが、何というか、地獄の各界において苦しめられている亡者の様子が、日本の絵巻のものよりも、解剖学的に若干正確ではないか、と思われた。しかし、要するに抽象的な話で、両者の水準に際立った違いがあるわけではない、

九博への行き来には、太宰府駅前の雑踏を抜けなければならず、炎天下に近いような気候のもとでは相当に相当に疲れた。

学園祭の公開日は初日だけで、本来なら校内向けの二日目にも顔を出すべきであったかもしれないが、好天下をうろうろした疲労もあり、失礼した。それでも近隣のスポーツクラブに行って、校長になってからはほとんどできなかったが、本当に久しぶりに泳いだ。左肩に痛みを覚えたこともあって、100メートルしか泳がなかったが、まあ、会費のもとも取らなければならないだろうから、これではだめだろう。



テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
258.4月最後の週末(土曜日)、認知症の発症というべきか、学園祭の第一目と思い込み、 ナイーヴな数学者のブログ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる